医療ビッグデータで製薬業界に変革を起こす「ペイシェントジャーニー」とは?

製薬企業や医療機器メーカーなど、医療業界における営業・マーケティング戦略は今、変わりつつあります。「ペイシェントジャーニー」という考え方が登場し、顧客視点ならぬ患者視点の営業・マーケティング活動を各社試みているのです。そんな中、JMDC社はビッグデータによって精度の高いペイシェントジャーニーを提案しています。ペイシェントジャーニーを活用したコンサルティングで、製薬企業のマーケティングを変革するだけでなく、医療業界全体の課題を解消に導くJMDC。同社COOで元眼科医師の杉田氏に「ペイシェントジャーニー」とは何か、今の医療業界において必要とされる背景と真価を聞きました。

 

<プロフィール>
杉田 玲夢(すぎた れいむ)株式会社JMDC COO 兼 製薬本部長
NTT東日本関東病院、東京大学医学部附属病院での研修を経て、ボストンコンサルティンググループにて、ヘルスケア領域のプロジェクトを多数経験。 その後、株式会社クリンタルを創業。2018年、JMDCによる子会社化に伴い、COOに就任。デューク大学MBA。

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ペイシェントジャーニーとは?

――「ペイシェントジャーニー」とは何でしょうか。

その名の通り、ペイシェント=患者さんが病気を発症してから終末期に至るまでを「ジャーニー」として捉えたものです。患者さんがどんな行動をとってどんな治療を受け、どんな状態になったのかを時系列で可視化します。最近では、発症前の予防の領域をペイシェントジャーニーに含めることもあります。また、患者さんの行動だけでなく、医療を通じて患者さんが感じることや直面する課題も含めてジャーニーとして捉えることが多いです。

▲確定診断までのジャーニーの重要性

 

――なぜ近年ペイシェントジャーニーのような考え方が登場したのでしょうか。

背景には日本のヘルスケアシステムの変化があります。従来病院は、患者さんに治療を提供して、治った後もそのまま通い続けてもらうのが一般的でした。実際、日本には一つの病院で全ての対応ができるようにあらゆる診療科を設けた総合病院が大量にあります。

しかしその結果、医師や看護師の不足、病院に対して患者数が少ないことによる経営赤字といった問題が起きたんですね。また、各病院が全部総合病院であるがゆえに、各医師ごとにあまり経験値が積まれないことも深刻な課題です。

そこで、20年ほど前から専門性を高めた病院を増やしていく動きが大きくなってきました。例えば、病院とクリニックの機能分化、急性期病院と慢性期病院の機能分化という形で専門性を分ける動きが出てきたのです。クリニックはいわゆるかかりつけ医で、総合病院に行く前のゲートキーパーの立ち位置。かかりつけ医がより専門的な治療が必要と判断したときには、大きな病院を紹介する。また、心筋梗塞や脳梗塞といった急性期の治療が必要な場合には専門の病院で治療し、その後リハビリで2〜3ヶ月入院する場合は慢性期病院に移るといった形です。

こういうやり方だと、効率的に医療が提供できるわけです。

 

――診療科だけでなく病院の役割でも機能が分かれてきたわけですね。

従来はどんな治療も提供する百貨店のような存在だった病院が減り、街全体で医療をカバーできれば良いという発想に変わってきたんです。

百貨店の中では患者さんがどういう行動をとったか把握するのは簡単でしたが、街の中で患者さんがどんな行動をして何に困ったのかは把握しにくい。これを把握することで、適切な医療を提供しようというのが、ペイシェントジャーニーの起こりです。

以前患者さんが通っていた病院でどんな治療がなされたか、家にいるときにどういった運動や食事をしているのか。その辺りの可視化と把握には、医療業界においてすごく関心が集まってきていて、製薬会社も例外ではありません。

 

製薬業界でペイシェントジャーニーが注目されるわけ

――病院が治療するにあたって患者さんの病歴や治療歴を理解したいというニーズはイメージしやすいのですが、製薬企業もペイシェントジャーニーを把握する必要が出てきた理由は何でしょうか。

そもそも、最近では外資系製薬企業を中心に「ペイシェント・セントリシティ」が叫ばれています。これはただ薬を売るために病院に営業をかけるのではなく、「患者さんが何に困っていて、それを解決するために製薬企業は何ができるのかを考えよう」という概念。その流れの中で、ペイシェントジャーニーを見ようという機運は高まってきていると思います。

 

その上で、製薬会社の事業目線、つまり薬を売るための視点では二つの理由があります。

一つは、病院に足しげく通う昔ながらの営業スタイルが通用しなくなってきていることです。一昔前は、ドクターとの会食だったり個人的に引っ越しを手伝ったりといったいろんな手法が使えたのですが、今は営業の透明性を高めるためのガイドラインが敷かれました。コロナ禍もあって、頻繁な訪問が難しいという現状もあります。その中で効率的にアプローチするためには、患者さんのジャーニーを捉えることで新しい薬を必要とする患者が多い病院に焦点を当てるといった工夫が必要になるわけです。

もう一つは、確定診断のついていない患者さんを減らし、適切な薬を処方できるように働きかけようという動きです。診断に時間のかかる希少疾患や、ドライアイや緑内障といった自覚の少ない疾患を持った方に、早めに病院を受診してもらい、確定診断をつけて適切な薬を処方できると、製薬会社としてもうれしいわけです。そこで、患者さんのペイシェントジャーニーをひも解くことで、例えば「この疾患の確定診断率は、この検査の受診率に左右されている」といった関係性が見えてくる。そうすると、この薬を売るためには、この検査をもっと世に広めなければならない、といったさかのぼったアプローチができるようになります。

 

――なるほど。薬を効率よく届けるために、単なる売り込み以外のアプローチをする必要が出てきたわけですね。具体的には製薬会社はどういった手法で、検査の拡大や患者への受診を促す働きかけを行うのでしょうか。

さまざまな方法があります。例えば、製薬会社主催で、ある疾患のKOL(キーオピニオンリーダー)と呼ばれる先生の講演会を医師向けに行って、「こういった症状が何回か続いたら、この疾患の可能性を疑ってください」といった啓蒙を行います。なかなか営業から「勉強してください」とは言いにくいですが、疾患の診断ガイドラインをお渡しして「ご存知だと思いますが、改めて思い出してください」といったことをお伝えすることもあります。

 

患者さんへの働きかけとして一番わかりやすいのはCMですね。「この画像が歪んで見える人は黄斑変性の可能性があります」といった広告で疾患知識をつけてもらうアプローチもします。最近では自分の症状を打ち込んでいくと、「この病気の疑いがあります」と予測できるウェブサイトがあるので、そういったサイトと連携して、特定の疾患が表示された人に対して製薬会社の疾患啓発のページに飛べるようにする方法もあります。地道な活動ですね。

 

ペイシェントジャーニー作成における課題

――2年ほど前からJMDCでは製薬企業向けにコンサルティングという形で、ペイシェントジャーニーを提供されていますよね。それまで製薬企業にはどんな課題があったのでしょうか。

これまでお話した通り、ペイシェントジャーニーの重要性は認識されてきました。製薬会社がジャーニーを作るには、当該疾患の患者さんを5~10人ほど集めてヒアリングを行い、「いつ症状を自覚しましたか」「どんな薬を処方されましたか」という質問をしていくんですね。

しかしこれには課題がいくつかありました。一つは、患者さんも全てを記憶しているわけではないため、受診した時期や詳しい症状、何の薬を何回飲んだかまでは覚えていないことが多いです。もう一つは、病院内で行われた検査とか、その結果診断された病名までは患者さんへのヒアリングからは見えない。そのため、すごく主観性の強いジャーニーになりがちでした。

 

――患者さんを中心に捉えようという意識は出てきたけれども、それを実践するノウハウがまだなかったということでしょうか?

そうですね。そもそも、製薬会社がそれまで見ていたペイシェントジャーニーは、当社が提供しているものと全然違うんですね。患者さんへのヒアリングをベースに作るので、定性的でエモーショナルなジャーニーになりがちでした。例えば、「体に違和感があって受診したら、がんと診断された。その時『がんって治るの?』『仕事は続けられるの?』といったことを考える」といった、主に感情や行動の変化をイラスト化したものです。

その図を踏まえると、「患者さんはがんで生きられるのかどうかという不安感が大きいから、ここに寄り添うようにしよう」といった発想が生まれます。その他にも「病院が広くて迷いそうで不安だ」という感情があったら「病院の案内をわかりやすくするサポートをしなければ」というアイデアが出てくる。

これはこれで大事ですが、あくまで主観的で定量感がないんですね。なので、経営的な観点から見ると費用対効果がわからない。

そんな中、われわれのペイシェントジャーニーを製薬企業様にお見せすると「これってペイシェントジャーニーなの?」といった反応から始まります。我々が健保や病院から預かっている患者さんのリアルワールドデータ(※)を用いて、ペイシェントジャーニーを作成することで、事実に基づいた具体的な課題が明らかになります。

 

※リアルワールドデータ:医療の臨床現場で得られる医療データのこと。レセプトデータ、健診データなどが含まれる。ウェアラブルからのヘルスデータも含むことも。JMDCでは、創業時からレセプトを健康保険組合から収集し、国内最大規模の累計1400万人分のレセプトデータを保有している。

 

ペイシェントジャーニーの組み立て方

――では、JMDCの提供するペイシェントジャーニーについて、詳しく教えてください。データからどのようにジャーニーを組み立て、製薬会社に提案されているのでしょうか。

大きく分けて、確定診断前のペイシェントジャーニーと、確定診断後のペイシェントジャーニーがあります。例えば、これくらいの粒度で患者さんの実態を把握することができます(下図)。

 

▲実際のペイシェントジャーニー

これは肺高血圧症という希少疾患の患者さんの、特に「確定診断前」に注目したジャーニーです。横軸が年月になっていて、どの病院でどういう病名がつき、どういう検査を受けてどういう薬が出たかを、4年間ほど追っています。

 

具体的に説明した方がわかりやすいので、ちょっと細かいお話をしますと、傷病の一番下にある肺高血圧症の診断がついたのが、緑で示した2018年の中ごろです。また、傷病の一番上にあるようにこの方はもともと混合性結合組織病を発症していたんですね。混合性結合組織病の患者さんは、肺高血圧症を併発しやすいことが知られています。本来であれば、肺高血圧症になっていないか定期的に検査が必要。しかし、この患者さんにおいては、検査の行の赤枠で示した通り、肺高血圧症に関する検査は年に1~2回と非常に限定的でした。その結果、入院する直前になって検査が走り始めて、診断がつき、薬の処方に至っています。また、一番上の治療施設の項目を見ると、通院していた一般内科から循環器科に移って入院しています。

 

これらのデータから、製薬会社は薬を実際に処方している循環器内科だけでなく、その前段階である一般内科への働きかけが必要だと明らかになるわけです。これは、ペイシェントジャーニーを見て初めてわかる課題です。

上図は確定診断「前」に注目したペイシェントジャーニーですが、確定診断後に注目するケースもあります。例えば潰瘍性大腸炎という慢性疾患では、診断はすでについているものの、効果的な新薬がクリニックで全然使われてないという課題があります。製薬会社としては、そういった患者さんを早めに専門病院に紹介してあげようと施策に落とし込めるわけですね。

 

このように、データに基づいたペイシェントジャーニーを見ることによって、「一般内科での検査を増やそう」「専門病院に紹介してもらおう」といった具体的なアクションにつながる課題が見えてきます。そういう医師や病院が、日本全体の何パーセント存在するのかもわかるんですね。その病院のうち、何割の意識を改善することができたら、患者さんが何人増え、結果として薬の売り上げはこれだけ伸びる、といった見込みまで立てられる。製薬会社が打つべき施策の費用対効果まで見えるので、経営判断にも役立つでしょう。

 

――確定診断前と後、どちらに課題がありそうかは、JMDCのコンサルタントが疾患ごとに判断して製薬会社に提案するといった形でしょうか?

そうですね。どの時期のジャーニーが重要かは疾患によるので、どこに課題がありそうか、JMDC側で仮説を持って製薬会社に提案をしています。

もちろん製薬会社の方でもこの辺にボトルネックがあるんじゃないかと予測して、そこに対する施策を打っています。しかしそれでも売り上げが思ったほど伸びない、あるいは対象とする患者さんの数が思ったより少ない場合があるわけですね。その時に、われわれのデータを参照することで原因を探ることができます。

 

例えば、確定診断までの時間が長いという課題があれば、初診時に当該疾患を疑った検査が行われてるのか、検査率が低ならばそもそも医師がその疾患を疑っていないのか、検査機器がなくて検査ができないのか……といった原因をデータで追究できます。課題を分解をしていって、データでカバーできないところは、医師や患者さんへのヒアリングもかけて解明します。

 

2020年にこのペイシェントジャーニーを活用したコンサルティングを始める以前は、製薬会社から「このデータが欲しいです、この数値が知りたいです」とリクエストがあって、それをそのまま提供するだけだったんですね。いわゆるデータベンダーの役割しかなかった。それが現在は、ペイシェントジャーニーにとどまらず、製薬会社が抱えている課題の原因を分析して、提案する包括的なサービスとして提供するようになりました。

 

――データに基づいた課題の分解や原因の追究には、医療的な専門スキルに加えて、高いコンサルティング力が求められそうですね。そのあたりは、JMDCのコンサルタントの皆さんはどのように行っているのですか。

コンサルファーム出身のメンバーが多いので、そういったメンバーは課題を見極める見方がある程度できます。また、製薬会社出身のメンバーも同程度いるので、製薬会社はこういう見方はするけれどこういう見方はできない、といった製薬目線の考え方を共有することで、製薬企業にとって新しい発見になるような提案をしています。さらに、私のような医療従事者側の観点を持つメンバーもいるので、「このジャーニーでは、病院はきっとこういう判断をしたんだろう」という推測など、医療側の視点も重要です。

コンサルティングと製薬と医療という3者の視点を掛け合わせることで、患者にとっても病院や製薬にとっても価値のあるペイシェントジャーニーを提案することができます。

 

ペイシェントジャーニーの可能性

――ペイシェントジャーニーが製薬、および医療業界において、今後どのような価値を発揮していくとよいと考えますか。

ペイシェントジャーニーという概念は、今、製薬会社のマーケティング領域で沸き起こってきました。実際JMDCでもマーケティング部門に提案をしているのが現状です。しかし、これはマーケティングだけでなく、創薬やR&Dにも取り入れていくべきだと思っています。

というのも、ペイシェントジャーニーを追うと、患者さんに処方されている薬の変化や傾向が分かる。例えば、ある抗がん剤を服用していたけれども、ある月から違う抗がん剤に変わっている場合、ペイシェントジャーニーを見ると確かにその辺りから吐き気がすごい強くなっている、といった原因も捉えられます。そうすると、この抗がん剤は副作用が強すぎて飲み続けられなかったんだろうなと推測できる。製薬会社としては、抗がん剤の主成分はそのままで、副作用を抑えた薬を開発すべきという判断につなげられるわけです。

もしくは、あるお薬は毎回200mgで服用する患者さんが多いのに、100mg錠しかないため毎回2錠飲んでいる。そういった傾向がわかれば、薬を一錠にまとめるという規格の変更にもつなげられます。このように、創薬の分野にも活用できる可能性は十二分にあると考えています。

 

現状はまだ多くの製薬企業が、マーケティング部門はマーケティング部門、創薬は創薬でそれぞれに患者さんの困りごとをヒアリングなどで調査していると思います。それだと先ほども言った通り、定性的で経営インパクトがわからないわけですね。ペイシェント・セントリシティやデータを基にしたペイシェントジャーニーを、薬を売り出す前のプロセスにも取り入れることで、製薬業界全体が患者さんの側を向く、そんな変化を起こせたらなと考えています。

 

――最後に、JMDCがペイシェントジャーニーを活用して目指す、今後の展望についてお伺いできますか。

ペイシェントジャーニーをテーマとする売上としては、年間数億円規模という現状ですが、5年後には数十億円規模に達したいと考えています。これに付随し、現在は外資系企業中心になってしまっているペイシェントジャーニーという概念を、内資企業含めて普及していく。さらに先ほどの通り、マーケティング部門だけでなく、他の部署においてもペイシェントジャーニーの価値を伝えて浸透させていきたと思います。

さらに、これから取り組みたいことの一つに、施策のクリエイティブ作成や実行があります。ペイシェントジャーニーでマーケティング上のボトルネックがわかったら、次は医師や患者さんに対して施策を打ってアプローチするわけですね。JMDCのグループ会社には、医薬情報ネットなど、製薬会社向けの広告事業をおこなっている会社もあります。そういった会社と連携することによって、意図も伝わりやすく内容もリッチな施策を実行できると考えています。そんなグループ間連携を今後やっていきたいですね。

 

JMDCが提供しているのは、製薬会社向けのサービスではありますが、薬の売り上げに繋がるだけではなく、その先にいる患者さんにとってバリューのあることを目指しています。患者さん毎のペイシェントジャーニーを眺めて、その課題を解決するためには何ができるのか、これからも日々真摯に考えていきたいですね。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。
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